スーパーノヴァ

今年も次に来るマンガ大賞の季節が近づいてきた。と言うことで恒例の、2026年受賞資格のある漫画の中で、自分がお気に入りの作品を紹介をしていきたいと思う。恒例と言いつつ過去1回しかやったことがなく、去年はそもそもこの話題にふれてすらいないじゃないかと言うツッコミは却下

 

なお、推薦基準は次に来るマンガ大賞のそれに準拠するため「2025年1月以降に連載開始したもの」または「現時点で既刊5巻以内」とするが、それに加えて「今までに一度でも本賞で20位以内に入ったものは推薦しない」もローカルルールとして加えている。例えば限界OL霧切ギリ子は既刊2巻であるため本賞の受賞資格を持つが、前回8位入賞しているため、今年は推薦しないこととする。

 

では、コミックス部門、Webマンガ部門からそれぞれ5作品ずつ、紹介していきたい

 

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<コミックス部門>

ふたりバス

www.sunday-webry.com

まぁすでにここ( https://matekai.hatenablog.com/entry/2026/04/25/230057 )で語っているので多くは語ることはないだろう。今回最推しの作品。

 

さむわんへるつ

www.shonenjump.com

ラジオの視聴者投稿コーナーを中心に、RN森にふくろうことミメイくんとRNうなぎポテトことくらげちゃんの関係を描くタイイチもののラブコメ。王道のラブコメの骨子を残しつつ、大喜利ラジオらしいコミカルなやり取りがあったりととにかく読んでいて楽しい。てかジャンプのラブコメはお色気路線が強いものが多いイメージだったのだが、こういったサンデーっぽい、恋愛模様を中心に描く作品は非常にめずらしい。最近の多角化を推し進めるジャンプの、象徴的な作品なのかもしれない。

 

ローワライ

yanmaga.jp

読み切りで話題になった作品の連載化で、聴覚障害者が漫才師を目指すという難しいテーマを堂々と料理してる秀作。しかもこれちばてつや新人賞を受賞した作品をそのまま連載にもってきている、つまり作者はこれがデビュー作と言うことである。末恐ろしい。デビュー作と言うことでところどころ粗さは見られるけど、メインの漫才ネタがめちゃくちゃ面白い。大体お笑い漫画ってネタがすべることが多いのに本当にすごい。

 

やがて絵筆を映ろし君は

ynjn.jp

1巻推薦文、あきやまえんま先生。これが全てを物語る。ヤンジャンはどんだけダメ女を誌面に増やす気なのか。自分に自信がない、ダウナー系主人公が幼馴染の純粋な藝大生(男)と生活するという手垢まみれのラブコメのテンプレ設定に、主人公の職業が売れっ子エロ漫画家と言うデスソースをこれでもかとぶちまけたような作品。と言うか自室に資料(意味深)が散らかっている時点で呼ぶなよと言いたいがまぁそのあたりはフィクションなので。下ネタが若干が多いが、ハチャメチャ具合がとにかく面白い。

 

ロクのおかしな家

www.shonenjump.com

作者は汚いアストラことAGRAVITY BOYSの人。あの時のテンションのまま繰り広げられる怨霊ホームコメディと言う謎漫画。一話は若干説明に終始した感があるが2話目以降から暴走っぷりに拍車がかかっていき本当にこれからが楽しみな作品である(ただ、まだ開始してから数話しかたっていないので、ジャンプお約束の打ち切りの憂き目に遭う可能性もまだ残されているのだが)

 

<Webマンガ部門>

人喰いマンションと大家のメゾン

shonenjumpplus.com

マンガ大賞2026ノミネート作品で、奇想天外な田中空先生のストーリーテリングとあきま先生の美しい絵が本当に素晴らしいSF作品。連載から1年たってもメインの謎が明らかになっておらず、ストーリーの進みが遅いと批判がつくことが多いけど、この作風ならこれくらいいもったいぶった方がいい気がする。兎に角次の話が待ち遠しくなる作品と言った意味では、ジャンプラで一番楽しみにしている作品である。

 

ヒトナー

shonenjumpplus.com

読み切りで話題になった作品の連載化その2。読み切りはズートピアっぽいかな思ったけど、連載化にあたり不穏な伏線をいくつか入れてきててよりSF作品っぽい深みが増してきてる。ぶっちゃけ唐突にヒトシさん闇堕ちエンドとかあっても全然不思議じゃないくらい展開が読めず、今後がすごく楽しみな作品

 

ウリッコ

comic-days.com

昭和のトキワ荘が木造2階建てのボロアパートであるなら、令和のトキワ荘はトーヨコ近くのネカフェと言うことなのだろうか。ネカフェで体を売る少女が金目当てで漫画を書き始めるというストーリーだが、主人公が創作の快楽に目覚める過程と、自分が身を置きたい世界と身を置いてきた世界との落差に苦しむ描写、どちらもリアルで非常に読み応えのある作品となっている。

 

閻魔ちゃんのリザルト

www.sunday-webry.com

事故死だった病死だったり、とにかく何らかの要因で亡くなった人と、その人が転生する前に一つだけ知りたかったことを教えてくれる「閻魔ちゃん」と称する少女を中心に話が進んでいく人情コメディ。とにかく一話一話が非常に練られており、とてもすがすがしい読後感を毎回味わうことができる。そして各話の登場人物に横のつながりがあって、所々に貼られてる伏線を探すのも面白い。

 

死体担ぎのネム

kuragebunch.com

獣王と薬草に代表される、いわゆる異世界職業モノに分類される作品。ダンジョン奥地など到達困難な場所の死体を回収することを生業とする主人公のネムを中心に話が進んでいくが、死体を取り巻くストーリーが非常に重厚で読みごたえがある。ネム自身も出自が全く明かされておらず謎がまだまだ多いため、今後の展開がとても楽しみな作品である

 

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とまぁ、こんな感じで今年おすすめの作品を羅列してみた。他にもまだまだ紹介したい作品は山ほどあるが、それはまた別の機会と言うことにして、今回はここまでとしたい。

 

 

 

海を見に行こう

開口一番、いきなりこんな発言をするのも気恥ずかしいが、単刀直入に言おう。「ふたりバス」は素晴らしい漫画である

www.sunday-webry.com

 

本作は2025年秋から少年サンデーで連載開始されている作品で、人口3000人と言うド田舎で暮らしている普通の男の子である春平と、中学から都会の私学に行ってしまった女の子であるあんちゃんとのラブ未満ストーリー(作者談)である。私も人口3000人と言うほどではないがなかなかの田舎で生まれ育っているため何となく想像できるのだが、都会では当たり前に存在しているお受験は、このような田舎オブ田舎では高校受験まで無縁の存在であり、中学から私立の学校に通う子は本当にごくごくわずかなのである(私の学年には隣の学区の小学校から1人、地方大学の付属中学に進学しただけであった)。

 

さて、そのようないわば「選ばれた人」に周りから見えてしまう立場であるあんちゃんであるが、別の学校に進学することを卒業するまで話さなかったせいもあり、春平の友達から「お高くとまって見下しているんだろう」みたいに言われていて、周りからは「別世界の人」と見られていたようである。まぁ高校受験まで同じ学校に通うと思っていた子が急に都会のお利口な学校に行くなんてなったらそうみられても不思議ではないのは容易に想像がつく。現に私も小学生時代、自慢ではないがそこそこ勉強ができたため、親から私立中学の受験考えてみたらどうだ言われたのだが、地元の同級生から仲間外れになるのが嫌でやめたものである(まぁ私の学力で合格できたかどうかは怪しいものがあるが)。まぁそんな感じで田舎ではお受験と言うものがかなり特殊なイベントで、中学受験で別の学校に行った子はそのまま疎遠になるのが、田舎あるあるの流れなのである。

 

そんなあんちゃんと主人公春平であるが、ふたりには共通点があって、「同じ地区出身」と言うことである。それも都会のなんとか一丁目とかそんな狭い範囲ではなく、別の地区の友達の家に行くには、バスに揺られて峠を一つ越えないといけないとかそんなレベルなのである。春平の家から学校までバスで40分かかり、学校に行くバスに乗り遅れたときに春平は「同級生のやつらはまだ寝ているのに」と恨み言を言ってたことから、おそらく峠を越えて同級生たちの住む地区に行くのにバスで2~30分程度かかるのではないかと推測できる。そう、あんちゃんと春平は同じバスに乗って学校に通っているため、春平の同級生たちが乗ってくるバス停までの間、二人きりの時間が生まれるということである。本作は、この二人きりの時間の中でいろいろと物語が進んでいくのだ。

 

上述の通り「別世界の人」であったあんちゃんと、ふとしたきっかけで会話をするようになった春平。少しずつ昔みたいに仲良くなっていく二人であるが、このまま友情で終わるのか、それともそれ以上の感情が芽生えるのか、それはまだこれからの話である。そしてこの、少しずつ進んでいく関係の中での心理描写が非常に丁寧に描かれており、それがこの作品の売りと言っても過言ではないかと思う。ラブコメのサンデーと昔から言われている通り多種多様なラブコメが現在も連載されているが、その中でも指折りに入るくらい秀逸な描写ではないかと勝手に思っている。

 

まぁグダグダと愚にもつかない感想を述べてしまったが、コメディータッチにもよらず、セクシー路線でもなく、奇をてらった作風でもなく、ただただピュアで繊細な心理描写を楽しんでいく、そういった王道オブ王道なラブストーリーとして、珠玉な作品ではないかと思っている。興味を持った方は是非読んでみてほしい。

となりの席ではフケた男が さんざん絡んで人生語る

確かど根性ガエルだったであろうか、「教師生活25年、こんなことは経験したことがない」等と嘆く中年男性教師が出てくるアニメを子供の頃見たことがある。22歳で大学を卒業し即教師になったとすれば御年47歳と言うことになるわけだが、子供の頃は47歳の中年男性なんて、引退寸前のジジイじゃねえかくらいに思っていたものである。しかしいざ自分がそれくらいの年齢になってもいまいち実感がわかないものであり、賞味期限切れジジイとして扱われるとなかなか辛いものがある。

 

まぁ今年2026年で、私が就職したのが2000年代前半の氷河期真っ盛りの頃なのだから数字的には間違ってはいない。しかしいまいち釈然としないものである。そもそもついこの間星野源と新垣結衣が逃げ恥ダンス踊っていたと思っていたのだが、それすらもう10年も前の話になるのだ。これは加齢による認知のズレでなければ何かしらの超常現象が起きているに違いない。気をつけろジョジョ!!俺たちは今、スタンド攻撃を受けているッ!!!

 

そもそも社会人生活xx年の中でこんなことは初めてだ、みたいな話など、いくつになっても起こりうることなのだ。私が社会人になった二十ウン年前、いや逃げ恥ダンスを見てた10年前から考えても、まさか世界経済を麻痺させるような伝染病が蔓延したかと思えばロシアが泥沼の戦争を仕掛けて勝手に疲弊し、かと思えばアメリカが権威主義に陥ってイランにいらん戦争仕掛けるなどとは誰が想像できようか。最後のはギャグだぞ、笑えよ、嘲笑しろよ。俺を蔑めよ。

 

兎に角、一を知れば十わからないことが出てくる、などと言う格言通り、ベテランと呼ばれる年齢になってもまだわからないことが増えるばかりであり、何年たとうが「あ、この問題進研ゼミでやったことがある!」みたいな泰然とした対応はできないものである。無駄に年齢ばかり重ねた社会人生活を誇ることができるようになれるのは、いつになるのであろうか。

 

そもそも全裸中年男性的には、レアな罪状で逮捕状が出され、「全裸生活25年、こんな罪状は経験したことがない!」と嘆く方が確率的に高そうな気がする。そんなシーンを見かけたときは「どっこい生きてる、ムショの中ぁ~♪」等と歌いながら、笑って見送ってほしいものである。全裸中年男性が乗せられた白黒の車を。

ピテカントロプスになる日も近づいたんだよ

とにもかくにもPCパーツが高い

 

訳知り顔のニュースによると、世界情勢の不安定化による物価高に加えて、AIなるものの需要急増により半導体の値段が上がっているのが原因とのことらしい。かつてデスピサロにザラキをぶっかけて、マホカンタで跳ね返されて自滅していたザラキマンことクリフト御大を生み出していた時代のAIを知っている身としては万感の思いである。しかし感慨にふけっていても半導体の値段が下がるわけではない。そもそも私のPCはコロナ禍前に購入したものでありいつ寿命が来てもおかしくはなく、こんなところで「おおPCよ、しんでしまうとはなさけない」なんてされても蘇生させる金はどこにもないのだ。そんなこんなで今日もアタオコロイノナから始まる八百万の神々に半導体の値下げとPCの延命を祈る日々が続いているのだ。

 

しかしたかが一つの需要の為に購買行動が制限されるのはかなり癪な話である。我々平民がAIと言う1つの偉大なるもののために、生活の一部を切り取って奉仕する、これではまるで多くの国民が王の為に労働力を捧げた、ピラミッドの建設みたいではないか。

 

ご存じピラミッドは古代エジプトが時の王の為に作った墳墓と言われており、その建設には多数の国民の労働力が使われていたとされる。とは言えそれは強制労働的なものではなく、現在では発掘調査や古文書の解読から、ピラミッド建築に携わっていた労働者にはパンとビールが振舞われていたということまでわかっている。では翻ってAIの方はどうだろうか。当たり前であるがAIは所詮プログラムであるので、我々にパンもビールも恵んでくれない。しかし、今を時めく生成AI様と言う形で、我々に癖に刺さるどちゃシコくてえっちい絵を振舞ってくれているではないか。これはまさにパンとビールを振舞う古代エジプト王家と同じ構図ではないだろうか。最新科学の結晶たるAIと、何千年も前のピラミッドとの間にこんな共通点があったとは。

 

そしてピラミッドが完成した時、そこに埋葬されたのは時の王であるが、AIが完成した時、いったい誰が葬られるのであろうか。人類の叡智を超えたAGIが完成したときがゴールとして、我々がそれと共存できる未来が来るのであれば万々歳であるが、悲しいかな人は楽な方に流される生き物である。いつしかAIに依存し知性が後退し、クロマニヨン人の時代から続いていた万物の霊長の地位を半導体の塊に譲り渡す日が来るのではないだろうか。そう、葬られるのはAIではなく我々人類の方かもしれない。そうなってしまったら我々はなすすべはなく、頭を丸めて白いランニングのシャツを着て、「さるにはなりたくない」と歌いながら砂浜で壊れたGPUを拾い集めるくらいしかできなくなるのだ。そもそもその恰好をしている人はボーカルではなくてドラマーだというツッコミは却下する。

 

とにかく我々人類はサルになりたくなければAIに依存するのではなく共存する道を模索しなければならず、そのためには運用その他の法的整備や教育の充実が求められるのではないだろうか。我々に残された時間は少ない。

 

などとまじめっぽいことを語ってみたが、いまいち説得力が足りない。それもこれも「PCパーツの値上げ」と言う私怨に近い話がソースだからであろうか。いや、そもそも言っていることがでたらめだからに決まった話なのではあるが。

アダバナヲサカセマショウ

メロスがその怒りを邪知暴虐な王に向けることができるなら、自分の怒りはどこへ向けたらいいのか。全裸中年男性は湿った六畳一間で布団にくるまりながら、そんな自問自答を繰り返すことがある。この世界はわかりやすい暴君など手の届くところにいるわけではなく、少なくともこの国の大多数は、せいぜい小悪党どまりの普通の人が大多数を占め、えっちらほっちら糊口をしのいでいるだけなのだ。さりとて半グレや何とか詐欺の指示役のようなわかりやすい悪人に怒りをぶつけようものならクレヨンしんちゃんのネネちゃんウサギよりひどい仕打ちに遭うこと請け合いだ。ろくでもない人生であっても末路くらいは選ばせてほしい。そういう信念から自暴自棄な行動に出ないことが全裸中年男性のいいところである。いや全裸は自暴自棄じゃないのかよ。

 

そもそもここ数年、彼の感情に火をつけるのは林間学校の飯盒炊爨の火起こしより難しいような状況である。仕事をして、家に帰って、無料漫画とSNSとショート動画を眺めるだけの日々。SNSでは誰かが、政治家に、犯罪者に、差別主義者に、自称人権活動家に、金満球団に、詐欺まがいの投資を繰り返すスタートアップに、あたりかまわず怒りの炎を投げつけている。そういう風景に辟易しながら、いろんなものに対して人として大事なものを少しずつ失って、全裸以外は人としてのアイデンティティを失っているな。全裸中年男性はたまに自嘲気味にそう思うことがある。なんで最後に残ったアイデンティティが全裸なんだよ、最悪なパンドラの箱かよ。

 

そんなある日、Youtubeの懐かし音楽動画を眺めていた全裸中年男性は、ふと聞き覚えのある曲を耳にする。学生の頃、大好きだったバンドの曲。確か缶コーヒーのCMソングかなんかになっていたはずだ。

 

もちろん、こんな彼にも学生時代と言うものは存在する。若さと言うモラトリアムで守られた夢の時間。いわゆる就職氷河期の時代で先の事なんか何もわからなかったのに何とでもなりそうな全能感。そんな時代の空気が、リバプールの風のようにふわっと全裸中年男性を包み込む。

 

「あのコーヒーのキャッチフレーズ、何だったかな・・・。『TRYする気持ちを忘れていないか?』だったかな・・・。」。現状を見渡しながら、全裸中年男性は苦笑いする。飲み込んで吐き出すだけの単純作業を繰り返すだけの日々、どうせなら機械にでもなったほうがいいとすら願うような日々は自分が作り出したのではないか。いろいろな感情を絡ませながら、全裸中年男性は一つの決心をする。

 

「さーてと、地球、救っちゃいますか」そうつぶやき、股間を煌めかせながら闇夜に消えていく全裸中年男性。その後、網走の刑務所で彼の姿を見ただとか、ゼリ→のおもちゃのピストルのPVのまねをして職質を受けていただとか、いろいろな噂は飛び交うものの、彼の行方を知るものは誰もいない。

目覚ましはいつも鳴りやまない

東日本大震災から今日で15年になる。この日生まれた子供は今日で15歳であり、大多数がこの春から高校生になるのであろう。つい先日のように思っていたのに、時の流れは速いものである。

 

私は震災の前年からTwitterをしていたため、当時のSNSの様子は今でも鮮明に覚えている。出どころ不明のデマなのか本当なのかわからない情報が錯綜し、原発事故や災害復興等の政府対策への怒りが飛び交っていた。極限状態でありみな必死だったのであろうから完全に否定はできないものであるが、お世辞にも素晴らしい環境であったとはいえないと思う。

 

怒りは貧乏人の娯楽、と言う言葉があるように、人間貧すれば感情に任せた行動に出がちである。しかし感情に任せた結果がどうなるかはBrexit然りトランプ政権然りで予後があまりよろしくないことを歴史が証明している。要するに知性と言うものを母親のおなかの中において来てなければ冷静に行動しなさいと言うことなのであろう。

 

ここで、震災の有名なエピソードの一つに、被災地を歩きながら祈りをささげた僧侶の話がある。

www.nikkansports.com

この時この僧侶の方は「被災者に寄り添えるかもしれない」と言う思いから立ち上がったものの、その思いが打ち砕かれるような惨状を知り打ちひしがれ、そしてその時師匠に言われた言葉が「何も出来ないことを学んできなさい」である。これは仏教でいうことの知足(足るを知る)に基づいた考えなのであろうが、この考えは我々が日常を過ごすうえでもとても大切なことではないかと最近は思っている。人間社会は大勢の人たちが支えあい、一つの複雑な生き物のように振舞って社会経済自然災害と言った困難に立ち向かう。しかしそれはあくまで集団としての力であり、個の力ではないのだ。つまり我々はともに支えあって生きているのであるが、それを忘れ傲慢になり、そして己が力量を超えた事象に対して怒りわめいてないだろうか。そういった振り返りが大切なのではないかと思う。

 

つまり、己の身のほどを知り謙虚になり、そしてそこから少しずつ学び、自己を成長させていくことが何よりも大切なのである。根拠のない万能感に包まれ得体も知れない敵に向かって怒鳴り散らすのは昔2ちゃんで見た言葉を借りれば「ロマリアに来たばかりの勇者一行がいきなりゾーマに挑むようなもの」であり、ただの無謀である。果たして自分がここまで謙虚であるかと言われると自信をもってYesなどとは言えないが、そのような心持ちで暮らしていきたい。震災から15年目の春にそんなことを思ったりもするのだ。

朝がまた来る

最近の国際情勢、特にアメリカがロケットブースターをつけて逆噴射かましているさまを眺めていると、マヤの預言書あたりに「ごめん、実は今年が地球滅亡の年でしたてへぺろ」などと書かれているんじゃないかと疑いたくもなってしまう。しかしそんなことを言っても動き出した情勢に対して我々はまな板の鯉であり、せいぜい戸締りを気を付けるくらいしかやりようがないのである。本当にはた迷惑な話である。

 

このような終末時計とドワンゴが午前0時くらいをお知らせしそうな状況を見ると思い出すのが、魔人英雄伝ワタル2の「輝く明日に向かって」の話である。これは星天界をつかさどる神、カモシレーヌがワタルに「自分自身の愛を探せ」と試練を与え、それを乗り越えていく話である。

 

ちなみに本試練はワタル一行であるヒミコ、海火子、クラマ、シバラク先生、そしてワタルの5人がそれぞれ別の試練を受けることになり、それらが計5回にわたって放送されている。しかし、筆者は主人公ワタルの試練なんかよりむしろヒミコの試練に登場する大人ヒミコこそ至高であり、この試練のメインパートであると声を大にして言いたい。

(引用元: https://www.mashin-eiyuuden-wataru.net/wataru2/story/04.php)

見よこの「The 90年代前半ヒロイン」のいでたち、あのチンチクリンでクソガキなヒミコの未来の姿がこれである。これに勝る栄養素がこの世界のどこにあろうか。なお、幻神丸じゃなくてガンバスターに乗って出てきそうなどとは絶対に言ってはならない。

 

話を元に戻そう。この回でワタルが愛を探すために訪れた世界は、太陽が突如膨張し、明日地球を飲み込むかもしれないという世界であった。まぁ現実問題太陽が膨張したら飲み込まれる前に黒焦げか軌道から弾き飛ばされて宇宙の藻屑かのどっちかであるが、そういうことは気にしてはいけない。とにかく明日滅亡する世界に人々はパニックに陥っているのであるが、そんな中、ワタルは一人黙々と絵筆を走らせる画家と出会う。彼は「信じるのだ、信じれば必ず日はまた昇る」とワタルに向けて静かに語り掛け、そしてその希望は次の日、ワタルたちに奇跡を与える・・・。

 

とまぁあらすじはこんな感じなのであるが、このストーリーのテーマは、「どんなことがあっても希望を忘れてはいけない」と言うことではないかと私は考えている。あれ、愛はどこに行ったのとかは言ってはいけない。人類愛である人類愛。とにかく、希望はパンドラの箱の奥底に潜んでいた、人類にとっての最後の宝物である。国際情勢がどうなろうが株価が乱高下しようがお父さんのアイドルがよくわからない成金と結婚しようが、我々は明日を信じ、希望をもって生きていくことが大切なのである。

 

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「つまり、明日地球が滅びようが変わらぬ日常を送ろうと言う信念に基づいて、ワタシは全裸になったのですよおまわりさん」

「あのねぇ、もし仮に明日地球が滅びるとして、そんな日に君の取り調べをしなければいけない僕の身にもなってくれる?」